大阪地方裁判所 昭和42年(行ウ)10号 判決 1976年3月17日
原告 川北新吾
被告 住吉税務署長
訴訟代理人 細井淳久 三上耕一 ほか三名
主文
1 被告が原告の昭和三九年分の所得税について昭和四〇年一〇月七日付でなした更正処分および過少申告加算税の賦課処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一 請求原因第1項、第2項の事実(但し、第1項の事実のうち、原告が住吉商工会および大阪商工団体連合会の会員であることを除く。)は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件更正および決定の適否について判断する。
(手続上の適否について)
原告が本件更正当時、本件年度の所得金額算出の根拠となる帳簿書類等の備付けをしていなかつたことは当事者間に争いがなく、また<証拠省略>および弁論の全趣旨によれば、本件更正をするに当り、被告の部下職員が原告方店舗を二、三度訪れたが、原告はその際同職員に対して、取扱商品の品目、数量、販売価額、並びに一般経費の金額等について詳細な情報を提供しなかつたこと、そこで、被告は偶々手元にあつた資料から原告の商品の仕入先および取引金融機関を知り、これらを調査して、原告の仕入金額を把握したうえ、同業者の例をもつて所得金額を推計したことを認めることができる。
右事実に照らせば、被告が十分な調査をせずに本件更正をしたとの原告の主張は理由がなく、また、本件更正および決定が商工会の組織破壊を企図してなされたものであるとの点については、本件全証拠によつても、これを窺うことができない。
(実体上の適否について)
(一) 原告の別表2記載の仕入先および仕入金額は「右以外の仕入先」二七万七七〇〇円を除いて当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、原告には本件年度中に右争いのない金額の外に訴外北川喜久治から三三万六九五〇円の仕入れがあるものと認められるから、原告には少なくとも九九四万四二二五円の仕入があるものといえる。
(二) 被告は、原告の仕入金額をもつて直ちにその売上原価とし、これを基礎にして、原告と同種の事業を営む類似同業者三名(堀五四男、米田勝、山口芳太郎)の例により、原告の総収入金額を推計するので、この点につき検討するに、<証拠省略>によれば、原告は元来加賀屋商店街にあつて、ブリキ加工業を経営していたが、昭和三七年夏ころから衣料雑貨の小売業を兼業するようになり、次いで、昭和三八年六月にはブリキ加工業を廃業して神士既製服の小売業に転業したこと、しかし、原告自身或いはその家族には過去において同小売業の経験があつた訳ではなく、他人の勤めにより転業したものであること、そのため開業間もない本件年度においては、売上げを伸ばそうとしてある程度安売りをせざるをえなかつたこと、紳士既製服の小売業は、他の小売業例えば生鮮食料品のそれのように、必ずしも仕入れた商品の大部分を短期間に売却する必要に追られている訳ではなく、在庫品のため込みをしておくことは十分可能であるばかりか、雑多な顧客の好みに応じるためには、事情の許す限り在庫品を用意しておくことが必要とさえいえるのであつて、原告も本件年度の期末にはかなりの在庫品を抱えていたこと、翻つて本件年度の期首においては、原告は開業後ようやく半年を経過したばかりで、秋、冬物神士服についてはともかく、春、夏物神士服については、在庫品の無い状態から今後順次仕入れていこうとする段階にあつたこと、原告にはブリキ加工業により得た資本があり、売上げの有無に拘わらず仕入れを続けることが可能であつたことを認めることができる。
<証拠省略>により、店舗所在地の条件が近似し、店舗の面積、従事員数等の点でも、ほぼ原告の経営規模と相等しいと認められる前記三名の類似同業者(但し、事業経験ではいずれも原告よりはるかに豊富である。)の本件年度の仕入金額(別表3)に比して、原告のそれが高額であることも、右在庫品のため込み分を考慮してはじめて合理的に解することができるであろう。
そうすると、原告の仕入金額をもつてその売上原価とし、これを同業者三名の原価率の平均値で除して総収入金額を算出するという推計方法は、開業後間がなく、未だ経営の安定期に達していない原告の特殊事情(とかく安売りを強いられたり、売上数量に比して多量の仕入をしたという事情)を何ら考慮しておらず、合理性を欠くというほかはない。
(三) ところで、右事情をどの程度考慮するのが妥当であるかについては、本件全証拠を検討するも、適切な資料を見出すことができない。
なお、同業者二四名の原価率等についての被告の主張が訴訟追行権の濫用又は訴訟の完結を遅延させるものとは認めがたいが、原告の売上原価が確定しない以上、右原価率を適用して総収入金額を算定することもできない。
(四) そうすると、結局原告の確定申告に係る総所得金額四〇万五〇〇〇円を超える所得の存在を認めることはできないから、本件更正および決定は違法であるといわざるをえない。
三 よつて、本件更正および決定の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石川恭 増井和男 若原正樹)
別表<省略>